今日のすごい言葉

アイチャネルのテロップ

通信料が高いからめったに見ないようにしている『iチャネル』。
今日のテロップで『米地下鉄で事故、○人死亡、70人超ケガ』というテロップが流れて思わず、「うわっ。このニュースファンキーな言葉使ってるなあ。超ケガしたんか。どんなケガだろう」
と思って、かなりしばらく経ってから、「ああそうか、70人以上の人がケガをしたっていうことで、超は人数にかかってるのね。超すごいケガっていう意味じゃないよね」と気づき、自分で自分の日本語の乱れに唖然とした。

でもちょっとウケた。

だって、そんなナメた見出しのニュースちょっとおもしろくないですかdespair

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『クリスマス・カロル』より~チャールズ・ディッケンズ

とにかくディケンズは英国の国民的作家、日本で言えば夏目漱石と芥川龍之介を足したような存在の方です。人生について運命論的であり、因果応報と考えているのが、『大いなる遺産』『オリバー・ツイスト』などにも顕著に顕れていますね。
仕事が教師だったら面白いのに、新聞記者でしたね。
いわゆるステレオタイプの自堕落な私小説家ではなく、きちんとした人だったようです。
文体を見ていても、退廃とは間逆の位置にいます。

さて、すごい言葉。
村岡花子(赤毛のアンシリーズで有名)訳、新潮社文庫286円の87ページ。

(信じられますか?この偉大なる訳本がこのご時勢に300円弱で手に入ります。300万円の価値がある読み物が)

『「スクルージさん!今日のご馳走を寄付してくださったスクルージさんのご健康を祝します!」
と、ボブが言った。』(クリスマスの日)

ボブはケチで強欲なスクルージが安い給料で買い叩いた書記。
いつもこき使われ罵られ、ボブの家族はスクルージに深い怒りを抱いているのに、
「現在のクリスマスの幽霊」に現実を見せられたスクルージは、
自分が普段いじめ抜いている書記の穢れない祝福の言葉を聞き呆然とすくむのです。
ボブには障害を持った小さな子供がいて、家族は貧困にあえいでいる。

『クリスマス・カロル』はディケンズのもっとも有名な教訓的作品で、キリスト教圏の人間なら教科書同然に読まされて育ったと思います。
私は無神教徒で、キリスト教圏の人の感じ方とディケンズの読み方は違うと思います。
でも、これは、泣けますよ・・・。

自分の罪深さに気がつきます。
たとえ悪気がなくてもどれだけ人を傷つけられるか、そしてそれによって自分がどれだけ報いを受けるか・・・帳尻は合っているのです。
そして・・傷つけた相手が、どこまでも無垢で純粋であなたを恨んで居ない場合、あなたは何を持って自分を罰せますか?

私はこのページで涙があふれて止まりませんでした。
頭の弱いボブの純粋さと、スクルージの取り返しのつかない後悔を思うと、胸が苦しくなりました。文豪とは、死後100年近くたってなお、人を涙させることの出来る人をもってそう呼ぶのですね。

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『小さき者へ』~有島武郎

新潮社・文庫版『小さき者へ/生まれ出づる悩み』(有島武郎著)より、

「小さき者よ。不幸なそして同時にお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。
行け。勇んで。小さき者よ。」

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有島武郎(ありしまたけお、1878-1923)は明治から大正にかけて活躍した日本の作家。
妻をなくし、幼子を抱えた経験より、このような私小説を書いた。

肺病を病んだ妻を亡くした哀しみと、子供たちへのすきとおるような愛情が胸に痛い著者の代表作。

太宰治つながりで読みました。
この時代のひとたちは、生きるにしろ死ぬにしろ覚悟が半端ではない。
かれらのはなつ旧仮名遣いを交えた言葉は、あまりにも強くひとの心をゆさぶる。

コピーライターは、わりに昔の文豪が好きだったりするのではないか、と思う。
写経が流行るくらいなら、純文学が流行って欲しい。

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